2004年2月9日(月)没。 享年3歳10ヶ月
とにかく人懐こく、昼間もよくLマンション内の公園などで寛ぐ姿が見られた。
毎日山手へ給餌に向かうM浦さんの往復にたっぷり餌をもらい、丸々と太っていた。
2002年秋には去勢手術も済ませ、さほど広くないLマンション敷地内を縄張りにして
何の心配もない毎日を送っているように見受けられた。
ところが、2003年12月28日昼に目撃されたのを最後に消息を絶った。
1月中旬捜索ポスターを作製し、近くの電柱などに貼った。
それを見た親切な小学生から通報があったが、その猫は牛若であった。
そうして殆ど諦めかけていたところ、2月11日(祝)午後、LマンションのK林氏が
4号棟脇のプレイロットでゴルフクラブを振るっていて、ふと目を上げると
真ん前のフェンスの中に白黒猫が横たわっているのが見えた。そこですぐにM浦さんに連絡。
駆けつけたM浦さんはフェンス内に入り、それがニャン太の遺体であることを確認。
すぐさまS井を呼んだ。S井は駆けつける途中、J先生に連絡。
K林氏が8日(日)にここに来た時にはニャン太の遺体はなかったという。
ニャン太の身体は死後硬直が解けて柔らかくなっており、少し匂った。
死後3日くらいは経過しているようだ。左耳がひどく千切れていてぶら下がっていた。
然し傷は新しいものではなく失踪に関係があると思われる。
スコップ持参で駆けつけてくれたJ先生の息子さんに地面を掘ってもらい、
丁度咲いていた真っ赤な椿の花を添えてニャン太を埋葬した。
土の中に横たえられたニャン太の身体はまだ呼吸しているかのように見えた。
ニャン太を知るLマンションの方々も駆けつけてくれ、みんなでお線香を供えた。
ニャン太の左耳の傷は犬にでも噛み千切られたものか、それとも虐待によるのか、
そしてそれから40日もの間、どこでどうしていたのか?全く謎だ。
最後の力を振り絞って生まれ育った地に戻ってきたのだろう。
そこで力尽きてしまったニャン太の無念を思うと可哀相でならない。
死因も全く分からないが、外猫であるということは常にこういう危険を背負って
生きているということを痛感する。一同深い悲しみに襲われる。
それでも、ゆかりの人々に見送られながら生まれ育った地に埋葬され、しっかり成仏出来たと信じたい。
日頃特別仲良しでもなかった18歳の毛玉が心配してずーっとニャン太に付き添っていた姿がいじらしい。
| 2003年10月15日、LマンションM浦さん宅前で |
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| 大好きなM浦さんに支えられて |
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